〜編集長インタビュー〜多種多様な人たちがいるから、この社会は豊かになっている

公開:2018-03-01 更新:2019/08/21

マセソンさん

2020年の東京パラリンピックに向けて、子ども達にパラリンピックの魅力を伝えるために活動しているマセソン美季さん。カナダ人と結婚し、カナダ在住歴20年。両国の、障害者に対する意識の違いや、パラリンピック教育にかける思いを聞いた。

カッコイイ障害者になればいいんだ!

――現在は、日本とカナダを行き来する生活だそうですが、カナダと日本の違いは?

マセソン美季さん(以下:M):カナダは色々な国から来た移民たちによって構成されるモザイク国家。公用語の英語とフランス語以外にもさまざまな国の言葉が飛び交っています。多文化を当たり前に受け入れている国なのです。人種や文化だけでなく、高齢者、障害者、LGBDなど、多様人たちが普通に共存できる寛容な国だと思います。  

 

――カナダはバリアフリーが進んでいることでも知られていますね。

M:ハード面よりもソフト面でのバリアフリーを強く感じます。カナダでは、困っている人を見たらごく普通に助けてくれる。だから、車椅子でも不便を感じたことはないし、手を貸してもらったら気軽に「ありがとう」と言える。日本だと「すみませんが…」から始まって、「本当にありがとうございました」となる。気軽に「ありがとう!」とはならない。まだまだ障害者との接し方に慣れていないのだと思います。  

 

――障害者になったという事実をどう受け止め乗り越えてきたのでしょうか。

M:事故のあと一番嫌だったのは、歩けなくなったことよりも人から「障害者」と見られることでした。だけどある日、車椅子バスケットをしている人を見て「カッコイイ!」と思ったんです。「私もああなればいいんだ」と。早い時期にスポーツと出合えたことは私にとって幸運でしたね。スポーツをしているときは、ただ速くなりたい、強くなりたいという気持ちしかなかった。障害のことを忘れることができたんです。  

 

――それがアイススレッジスケートだったと。長野オリンピックで金メダルを獲得した後、アメリカに留学されましたが、きっかけは?

M:国際大会に出たときに、12、3歳のジュニアの選手にたくさん出会いましたが、日本では、当時23歳前後だった私が新人と言われるくらい若手が活躍していませんでした。それはカルチャーショックでしたね。日本でジュニアの選手が活躍できないのは指導者がいないからだと気づき、それなら私が学ぼうと。障害者スポーツ指導が進んでいるイリノイ州立大学に留学しました。  

 

――そこで得たこととは?

M:日本では東京学芸大学に通っていましたが、車椅子の学生は私しかいませんでした。もともと陸上をしていましたが、放課後に部活をしたいと思っても車椅子の私には居場所がない。街に出ても、今でこそエレベータを設置する駅が増えましたが当時はほとんどなく、車椅子では外に出られない時代でした。 アメリカに行って驚いたのは、「自分が障害者だ」とほとんど意識することなく生活ができたことです。日本にいるときは、消去法で生きていました。旅行をするにしても、行きたいところに行くのではなく、車椅子で行けるところはどこかという選択から始まる。妥協の人生。最初は違和感がありましたが、そのうち「そういうものだ」と思うようになっていきました。 ところが、アメリカに行ってまず聞かれるのは「君は何をしたいの?」。自分のやりたいことをしていいんだ! 

障害を理由に何かをあきらめなくていいんだと。それは大きな驚きでしたね。

偏見や差別は教育がもたらすもの

マセソンさん

――その経験は、今の活動にどうつながっていったのでしょう。

M:パラリンピック大会開催の目的は、障害のあるアスリートの最高峰のプレイを見せることによって、障害者への理解を深め、インクルーシブな社会を作っていくことだと考えています。日本の障害者教育って、どこか上から目線で、障害者のために何かを“やってあげよう”という教育だと思うんです。でも、パラリンピック選手ってカッコイイ。“助けてあげよう”ではなく、羨望の対象なんですよ。憧れから入っていけば、今まで障害者と健常者との間にあった壁とか溝がなくなり、もっと近い存在になれるのではと思います。そのために、全国の小学校に向けてパラリンピック教育の教材を開発するのが私の仕事です。  

 

――子ども達を変えるのが一番早いと?

M:障害者を初めて見たときの子どもの反応って、世界中どこでも同じなんです。指を差したり、じろっと見たりする。ところがその後の教育によって反応は大きく変わってくる。つまり、偏見や差別は教育がもたらすのです。 全国の小学校を回って、子ども達にこう話すんです。私は車椅子で生活をしているけれど、家に帰ると13歳と18歳の子どもの母親で、あなたたちのお母さんと同じように料理をしたり掃除や洗濯をするのよと。 不可能だと思っていたことも、ほんの少し工夫することで何でもできるようになる。これは障害者だけの話ではありません。簡単にあきらめる子が多いけれど、少し考え方を変えるとできるようになるよと伝えていきたいんです。 今、パラリンピック教育を受けた子どもたちが大人になり、社会を作る担い手になったときに、多種多様な人たちがいるからこの社会が豊かになっているという前提で働いてくれれば、かなり社会は変わると思います。私がおばあちゃんになったときに「日本も随分住みやすくなったわねえ」と思えたら幸せですね。  

 

取材を終えて 現在のお仕事や、将来の社会のことなど、終始楽しそうにお話をされるマセソンさんの笑顔が印象的でした。障害だけでなくさまざまな違いを持った人たちが世界に入る。そのことを知るだけでも日本はもっともっとよくなるのではないかと強く思えたインタビューでした。

 

マセソンさんと編集著

編集長の天野と。 Photo:Junichiro Nakajima

  <プロフィール>

マセソン美季さん 20歳のときに交通事故で下半身不随に。1年以上のリハビリを経て、アイススレッジスケート選手となり、長野オリンピックで金メダル3個、銀メダル1個の快挙。その後、アメリカに留学。アイススレッジホッケーの選手ショーン・マセソンさんと結婚。カナダ在住。現在は、日本財団パラリンピックサポートセンターで障害者スポーツの普及のために活動している。

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