〜編集長インタビュー〜サッカー元日本代表 “田代有三”

公開:2019-04-25 更新:2019/05/23

「目標は、サッカー選手のときよりも有名になること」

大学時代から頭角を現し、鹿島アントラーズやセレッソ大阪などで活躍した元日本代表FWの田代有三さん。

2017年の2月、34 歳でオーストラリア2部リーグのウーロンゴン・ウルブスに移籍した。なぜ海外での転身に踏み切ったのか。現地で何を得たのかを聞いた。 

プロフィール

田代有三

1982年 福岡県生まれ。福岡大から2005年に鹿島アントラーズに加入。モンテディオ山形(2010)、ヴィッセル神戸(2012)、セレッソ大阪(2015)でプレー。2008年にはサッカー日本代表として東アジア選手権に出場。2017年2月から家族でオーストラリア・シドニーに移住。2017年3月よりオーストラリア2部のウーロンゴン・ウルブスに移籍。4歳、6歳、小5の3児の父。

「どんな環境でもやっていける」という自信ができた

― 海外に行こうと決めたきっかけは?

田代 海外遠征に行くたびに、英語ができればいいなと思うことはありましたが、海外志向はまったくありませんでした。 20代のときに、ヨーロッパのチームから移籍の打診があり、妻からも挑戦してみたらと言われたのですが、その頃はまったく興味を感じなかったんです。でも心のどこかで引っかかっていたんでしょうね。30歳の頃から海外にチャレンジしたいと思うようになりました。思いが募って、32歳のときにアメリカのMLSやNASLのチームを片っ端から訪ねトライアルを受けました。あるチームからオファーもあったのですが、チームの雰囲気や条件面が合わず、踏み切れませんでした。 その後、セレッソ大阪に移籍したのですが、どうしても海外へ行く夢があきらめきれず、もう一度チャレンジすることにしたんです。アメリカだけでなくオーストラリアにもターゲットを広げて移籍先を探していたところ、ウーロンゴン・ウルブスとの出会いがあり、移籍を決めました。

ウーロンゴン・ウルブスでFWとしてプレイする田代さん。 「チームに日本人は僕一人。チームメイトは僕に気を遣って、わかりやすい英語で話してくれます」

 

― 来たときの英語力はどのくらいだったのですか?

田代 英語はまったくできなかったので、ウーロンゴン大学※の英語コースで学びました。10カ月通ったので、チームメイトとのコミュニケーションはなんとかできるようになりましたが、ネイティブ同士で早口でしゃべられるとまったく理解できません。言いたいことが言えなくて、歯がゆい思いをすることはありますね。まだまだ勉強中。海外に行きさえす ればなんとかなると思っていましたが、甘かったです(笑)。

 

 

― 海外のチームに入って、日本との違いに戸惑うことは?

田代 練習環境や、金銭面などの条件は、実は日本のほうがずっといいんです。それを知った上で、敢えて厳しい環境に飛び込んで、自分がどこまでやれるか試してみたいという思いがありました。最初に覚悟して移籍したので、「こんなものか、全然大丈夫じゃん」という感じです。自分のキャパが広がったというか「もう、どんな環境でもやっていける」という自信ができましたね。

 

― チームではどんな存在になりたいですか?

田代 中心となってみんなを引っ張っていきたい。僕はどちらかというと自己主張をするほうではないので、がんばる背中を見せて、「あいつがあんなにがんばっているから、俺たちもがんばろう」と思ってもらいたい。オーストラリア人に伝わるかどうかはわかりませんが(笑)。ただ、オーストラリア人は、日本人や日本という国をとてもリスペクトしているんです。「日本はいい国だね」「日本人はいい人ばかりだね」とか言われることが多くて、日本人として嬉しいですよね。

どうせやるなら、皆と違うことがしたい

「英語コースでは自分よりずっと若い学生たちとも親しくなりました。今の子たちは若いうちに留学できて幸せだと思います」

 

― 日本でのキャリアを捨てることに不安はなかったのでしょうか。

田代 Jリーグでキャリアを築いてきたので、このまま引退しても、どこかのチームでコーチになるという道もあったかもしれません。でも、一度しかない人生、チャレンジして終わりたい。違う環境、違う国でサッカーをするという経験をしてみたかったんです。 海外で活躍する日本人選手は増えていますが、オーストラリアリーグにはまだ日本人は少なく、Jリーガーは僕が初めてです。どうせやるなら、皆と違うことがしたい。新しい挑戦にわくわくしています。

 

― 海外生活で得たものは?

田代 価値観が変わったことですね。日本では、毎日満員電車で出勤し、辛そうな顔で働いている人がたくさんいる。でも、オーストラリア人って、みんな楽しむために生きている。 「なんでそんなに働くの?土日は海でサーフィンでしょ」みたいな。僕も感化されて、毎日思いっきり遊んでいます。ビーチも近いし、家族でキャンプができるところもたくさんある。友だちの家族とキャンプパークに出かけ、子どもたちが走り回る中で飲んだり食べたり。毎日が休日みたいな生活をしています。

 

― それは楽しそうですね!でも一方で、これまでのキャリアと比べると、取り残されたような不安はないですか?

田代 もちろん、多少の不安はあります。でも、もう35歳なので、引退は遠い先のことではない。オーストラリアに来たのは、セカンドライフの生き方を探すためでもありました。 僕のセカンドライフの目標は、サッカー選手のときよりも有名になること。こんなセカンドキャリアがあるんだという のを見せていきたい。「あいつ、サッカーもよかったけど、第二の人生も楽しんでいるな」と言われたい。だから、もしサッカーをやめたらどうなるのか、不安よりも楽しみのほうが大きいですね。

 

― 田代さんにとって留学とは?

田代 自分を見つめなおす機会だと思います。海外に来ると、言葉が通じなくて孤立する分、自分と向き合う時間がいっぱいあります。日本にいた頃は、人と違う道を歩くのは怖かった。今は、人と違う道を歩めている幸せを感じています。これからも、自分を信じて決断していきたいですね。

 

取材を終えて

とても気さくで、子煩悩な一面も覗かせながらインタビューを受けて下さった田代さん。30代半ばで、海外で新しいチャレンジしている姿はカッコよく、同世代の私はとても感銘を受けました。日本から外にでることで人生をより楽しむことの重要さを発見できたという言葉通り、これからもチャレンジを続けていく田代さんを応援しています。

(2018年1月取材、「Study in AUSTRALIA Vol.3」掲載)

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