ゆっくり世界一周旅行に行きたいけれど、資金と時間が足りない。そんなモヤモヤを抱えている人にはぜひ、ガイドブックや旅本を通じてバーチャル海外旅行をしてみてほしいもの。
今日は、26歳の1人の日本人男子が体験した世界一周旅行の本を使って、妄想の旅行に行ってみましょう。『僕らはまだ、世界を1ミリも知らない』(いろは出版・太田英基著)に綴られているのは、「僕」(=著者。以下『僕』で統一。)が2年間に 50カ国・1000人と出会った悲喜こもごもの数々。あなたも主人公になりきって、いざ出発!
(ネタバレありです。ご注意を。)
「カジノよりオレに賭けろ」ラスベガスのホームレスはタフだなあ。
「僕」の旅は北米からスタートです。まず向かったのはベンチャーの世界的発信地シリコンバレー。刺激的な人々、挫折と栄光を目の当たりにし、次に意気揚々と向かったのはラスベガスでした。
ギラギラの歓楽街と巨大ホテルでエンターテインメントを満喫し、ホテルに戻ろうとした帰り途に「僕」はそのホームレスに出会いました。楽しげで裕福そうな観光客の脇を、トボトボと歩く薄汚れたホームレス。アメリカの負の側面に思えた次の瞬間、「僕」は見ました。そのホームレスが背負っているボードに書かれた、この不屈の言葉を。
「わたしはhomeless(ホームレス)だがhopeless(希望なし)ではない。さあ、わたしに賭けてみろ。」
「僕」は感激します。
「なんてファンキーで図々しいんだ!」
これが歌なら、ブロードウェイのミュージカルに出てきそう。ラスベガスを後にした「僕」は、ニューヨークの黒人教会のゴスペルに度肝を抜かれたりしながら、最初の訪問地アメリカ合衆国を後にしました。
少し前まで「軍隊にいて武器の使い方を教えていたわよ。」
「僕」の旅は第二章の中米へ。グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカを経てグアテマラに舞い戻ってきました。そこで知り合ったのがイスラエル人女子2人組。山奥の秘境セムックチャンペイへのツアーで一緒になったのがきっかけです。
「旅に来るまでは何してたの?」と「僕」は何気なく聞きました。「学生してた」とか「○○の仕事してた」とか、そんな返答を想像して。しかし、彼女たちの返答はそのいずれでもありませんでした。
「私たち、軍隊にいたわよ。武器の使い方を教えていたの。」
イスラエルでは、女性にも兵役があるんだそうです。
「僕」は驚きます。
そして思い知ります。
「・・・世界は広い、というよりも、僕が世界を知らなさすぎたのだ。」と。
30歳・未婚女性。5人の我が子の最年長は、計算の合わない「18歳」。
キューバ、メキシコ、ペルー、ボリビア、チリ、ブラジル、モロッコ、エジプトを経て「僕」はケニアに到達します。ここではサファリで「一生分の動物を見た」ほか、「僕」はある印象的な女性に出会います。カウチサーフィン(旅人が自宅に無償で宿泊させてもらうインターネットサービス)を利用してお宅に滞在させてもらったケニア人女性ビーさんです。
ナイロビから地元バスを乗り継いで2時間。ビーさん宅には子どもたちがいました。18歳を筆頭に5人。しかし、ビーさんは結婚も出産もしたことがないと言います。
「この子たちはみんな養子よ。親がいない子を自分の子のように愛情を注いで育てることって、(中略)誇らしく、愛おしいことだと思わない?」
「僕」はここでも衝撃を受けます。
そして思います。
「教育と環境が人を育て、その人の容姿以外のすべてを決めると信じたい。遺伝子じゃない。」
「タンザニア人のみんながみんな、悪いヤツらじゃないよ。」
ケニアを後にした僕はウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、タンザニアに到着します。アフリカの思い出を思い返しながら迎えたタンザニアでの最終日、「僕」に事件が起きました。複数の男性に取り囲まれ、カバンをこじあけられ、命には関わらなかったとはいえ、カメラを盗まれてしまったのです。
アフリカでの思い出がつまったカメラをなくして意気消沈し、タンザニア人への警戒心MAXの「僕」。しかし、そんな「僕」にタンザニアの若者たちは心からの憐れみと優しさを向けてくれました。タンザニア人の若者は言いました。
「君がタンザニアで大切なカメラを盗まれて、イヤな思いをして、それを本当に申し訳なく思ったんだ。」
「僕」は強く思います。
「日本に来てくれた外国人旅行者にも、彼らのように接していきたい。日本を好きになってもらいたい。」と。
ほろ苦いけど温かい心の経験をしたタンザニア。この事件でアフリカをしめくくり、「僕」は一路、ヨーロッパに上陸しました。
チェルノブイリ事故は過去なのか?
スイス、オーストリア、ドイツ、ベルギー、フランス、スペイン、イギリス、ルクセンブルク、オランダ、スウェーデンを経て東欧ウクライナへ。当初「僕」は「世界有数の美女大国」をウホウホと訪問するつもりだったけれど、同じくらい、いや、それ以上に関心を持っていたのがチェルノブイリ原発跡地です。
今でも原発半径30キロ圏内は「ゾーン」と呼ばれる居住禁止区域。そこに、放射線量を測定するガイガーカウンターを持たされてチェルノブイリツアーはスタートしました。事故後にゴーストタウンと化した街や発電所を見るなか、同じツアーに参加していたドイツ人に「僕」は尋ねられます。
「(ドイツは原発をやめる方針だ。)日本はどうなんだ?」
この問いに、「僕」がどう返答したか。それは本書内には綴られていません。もしかしたら、今のところ100人の日本人が100通りの迷いを持っている問いなのかもしれません。
アラブ、イスラエル、そしてアジアへ
それからの「僕」は、トルコ、イラン、ヨルダン、イスラエル、ドバイで中東を満喫。
途中、イスラエルとパレスチナ自治区を隔てる壁に書かれた「神よ、皆あなたの子どもなのに!」という文字に言葉を失ったり、カフェで盗まれた「僕」の携帯電話を奪還すべく「いいか?これはお前だけの問題じゃないんだ!俺たちの仲間から盗みを働くヤツがいるなんて放っておけねえ!(少々意訳)」と言って男気を見せてくれたアラブ人男子たちに出会います。
そして、インド、バングラデシュ、タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール、ベトナム、中国、台湾、韓国を経て、博多行きフェリーへ乗り込んだのでした。
さて、「僕」の世界一周、あなたは一緒に妄想旅できたでしょうか?旅の醍醐味はキレイな景色ばかりではありません。世界中の人と話し、触れ合うことが世界のリアルを見ることにつながるのかも。お気に入りの一冊を見つけて、あなたも週末ゴロ寝の妄想旅へ出かけてみては?
※『僕らはまだ、世界を1ミリも知らない』本文より転載の箇所、著者により校閲済み
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