公開:2012-05-14 更新:2019/03/20
三田隆広さん(21歳) 将来海外で働きたいという動機で、アイセック・ジャパンに登録。2007年4月から大学を休学し、IT企業(ケイアイエヌ株式会社)の中国支社で日本語教師を務める。
アイセック・ジャパン 世界最大規模の学生団体「アイセック・ジャパン」によるインターンシップ。神奈川に本社のあるIT企業の中国支社で、中国人の社員や研修生に日本語を教える。期間は1年間。
大学生の三田隆広さんが、中国で日本語を教えることになったのは、教授の紹介でアイセック・ジャパンに登録したことがきっかけだった。「インドか中国で働いてみたい」という希望と、「中国支社の社員に日本語を教えてほしい」という日本のIT企業の求人とが、ピタリと合致。三田さんが求めていた「自分以外に日本人がいない」という条件にも当てはまった。 三田さんが教える社員や研修生は、たいてい日本語の基礎は習得済み。そのため、主に日常会話を教えている。
「気楽な気持ちで来たのですが、始めてみると、日本語教師の経験もなく、中国語が話せるわけでもない自分が、この仕事をやっていいものか悩みました」と三田さん。ちょうどそのころに中国の農村を訪れ、農家の平均月収が、自分の月収(3000元/約45000円)の1割にも満たないと知るに及んで、さらに悩むことになる。しかし、自分にできることを全力でやるしかないと決心した。
「最初は、すべて日本語で授業をしていました。でも、それではダメだと気づき、中国語で説明することにしたんです。毎晩、帰宅後の8時から深夜1時まで、説明に必要な中国語を調べます。中国語も習い始めました」。 自分の中国語の説明を生徒たちが理解して、うなずく様子を見ると、毎晩の授業の準備も苦労には思えないという。
休日は、北京大学の友人とサッカーをしたり、目的を決めないバス旅行を楽しむ。中国でたくさんの友人ができたが、中国人が自分と友達になりたがるのは、ソニーやトヨタなどの「日本ブランド」のおかげだという自覚もある。将来はその牽引役でもあるメーカーに就職しようと決めたのは、中国に来てからのことだ。迷っていた進路が見えてきたことで、より充実した毎日を送っている。
● 将来の進路が見えなかった
● 中国語はまったく初心者だった
● 外国人に日本語を教えるということに不安があった
● 中国語は日常会話に困らないほど上達!
● 教え子の会話力がアップする喜びに気づいた
以前は「これがやりたい」という確固としたものを見つけなくてはと思っていましたが、決してそうではないように感じます。一緒に働く人、職場の雰囲気などを含めた、「自分に合う場所」を見つけることも大事なのではないでしょうか。何をするかではなく、どこで働き、どこを居場所とするかという観点も重要だと思います。
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